2002年02月04日(月) - 1  Re:どうしたんだ? No.028



 小説をひとつ読み終えると、なぜだか少し成長した気分になる。話が
ひとつ解決することはそのまま、なくした自分の発見につながっている
ようだ。
 ひとつだけ、また成長した気分でいると、いつもは広告ばかりのメー
ルボックスに珍しい人から一通だけ、俺宛のメールが届いた。

「心配かけてすまなかった。
元気でいるか。
俺は何とかやっている。
こちらの生活は全てが新しい発見でいっぱいだ。表へ出ると陽射しが眩
しい。不揃いに並んでいる木々の中では、リスが木の実をかじっている。
それが日常なんだ。
 俺がはじめて東京へ乗り込んだとき、人間の多さと、混沌とした街並
みと、縦横無尽に走る鉄道に驚き、そして自分が何をしにここへやって
きてしまったかを改めて思い知らされ、欲望と野望、多大な緊張と活力
で溢れる日々が続いたことを、今でもよく覚えている。お前が先に東京
へひとり向かったとき、電話できかせてくれた東京話、俺もそのままに
感じたんだ。
 結局俺は、自分の野望に自ら負けを認め、こんなところまで来てしま
った。思うようには進んでくれない毎日と、自分でコントロールできな
い感情のいたずらに、俺は戦わずして負けてしまった。日々変化する毎
日などいらない。自分を苦しめるくらいなら、感情なんていらない。そ
んなふうに考えた。何にも負けず、苦しむ表情ひとつすら見せずに、一
歩一歩確実に野望へと歩くお前が、正直羨ましかったよ。
 そして、全てを棄ててしまった今、気付いたらこんなところに来てし
まっていた。
 こちらでは、木々は己が浴びたいだけ太陽の恵みを浴びている。リス
は毎日むさぼるように木の実をかかえ、人は、明日、いや今日を生きる
ために、食糧を育てている。シビアな世界に変わりはないが、皆、自分
の欲望と感情のままに日々を過ごしている。生きているんだ。
 全てを捨てた俺だが、こちらでなんとか、またなにかを見つけること
ができそうだ。
 俺は、お前と同じ道を歩んでいくことはできなかったが、お前はきっ
と、そのまま道を進んで、いつも言っていた「大きな人間」になれると、
そう信じている。

 俺もなんとかやってみせるさ。互いに、世界に名を馳せる人間に、な
ってやろうな。そして、高層ホテルの最上階で、部屋中に料理を並べて、
飲めない酒を二人で乾杯しよう。

 期待していてくれ。期待している。」

 なくした感情が、またひとつ甦った気がする。そして、それがまた、
成長していく。羨ましいのはお前の方だったよ、と、同じ道を歩んでき
たやつにあててぼやいた。
 自らなくした何かを、また自分の物にしたくなった。
 今は、他人の言葉で埋めることしかできないが、なくした何かを補う
ため、俺は新たな小説の中へ入り込んでいく。

「追伸:お前の言葉は今も心にしみているよ。
『夢はあきらめたら、また見つければいいさ。』」